(1)固有ジョセフソン接合とは

2つの超伝導体が薄い絶縁層などを介して弱く結合している場合に、 「ジョセフソン効果」と呼ばれる量子現象が観測されます。 これは、超伝導電子対(クーパー対)が絶縁層(弱結合部分)を量子トンネル する現象として理解されます。量子力学を用いると、超伝導状態は多数の(すなわち、巨視的な数の)クーパー対が最も低いエネルギー状態(基底状態と言います)に凝縮した状態として表されるので、ジョセフソン効果は、超伝導現象が巨視的な量子現象であることを直接示す効果であると言えます。この2つの超伝導体間で形成される弱結合部分を「ジョセフソン接合」と呼びます。非常に興味深いことに、 ジョセフソン接合の電流−電圧特性は、傾けた洗濯板の上を転がり落ちる粒子の古典運動と結びつけて理解することができます。この場合、粒子の位置は、ジョセフソン接合を量子トンネルするクーパー対の量子力学的状態を表す波動関数の(トンネルする前と後での)位相差に対応し、粒子の質量はジョセフソン接合を一種のコンデンサと見なした場合の電気容量に対応します。また、ジョセフソン接合に加えられるバイアス電流は、洗濯板の傾きに対応します。

ジョセフソン接合の電流−電圧特性には、ゼロ電圧でも超伝導電流が流れている「ゼロ電圧」状態と、常伝導金属のように電圧に比例した電流が流れる「有限電圧」状態があります。 傾けた洗濯板上の粒子のモデル で言うと、ゼロ電圧状態は粒子が洗濯板のくぼみの1つに留まっている状態であり、有限電圧状態は、粒子が洗濯板状を転がり落ちている状態に対応します。

銅酸化物高温超伝導体などの層状超伝導体においては、超伝導層と非超伝導層(絶縁体層や常伝導層などがある)が交互に積み重なった結晶構造を取ります。すなわち、超伝導層同士が弱く結合したジョセフソン接合が結晶中に自然に形成されていると考えられます。これを「固有ジョセフソン接合」(Intrinsic Josephson Junction, 略してIJJ)と呼びます。イオンビームを細く絞った集束化イオンビーム装置(略してFIB装置と呼ぶ)を用いて、1ミクロン程度の接合サイズに微細加工してから、固有ジョセフソン接合の電流ー電圧特性を測定すると、下図に示すような特徴的な多重ブランチ構造が観測されます。

FIBで加工されたIJJ素子

FIB装置で加工された固有ジョセフソン接合素子

IJJのI-V特性

固有ジョセフソン接合の電流ー電圧特性

(2)巨視的量子トンネル現象とは

巨視的量子トンネル現象(Macroscopic Quantum Tunneling,略してMQT) は、ジョセフソン効果の量子力学的な性質を最もはっきり示す現象の1つ であり、概念としても非常に普遍的な内容を含んでいます。 しかしながら、MQTを一言で説明するのは決して簡単なことではありません。 あえて言うなら、「MQTとは巨視的な物理量(巨視的自由度、あるいはマクロ変数とも呼ばれる)の時間発展を示す空間における量子トンネル現象である」という言い方が よく用いられます。傾けた洗濯板上の粒子のモデルで言うと、 洗濯板のくぼみの1つに留まっていた粒子が隣のくぼみとの間にあるポテンシャル障壁を量子トンネルする現象として理解されます。

傾けた洗濯板上の粒子のモデル

熱活性的脱出過程と巨視的量子トンネル過程

現在、このような超伝導体の巨視的量子現象を利用したジョセフソン量子ビットを作成し、将来の量子コンピュ−タ−実現に役立てようとする挑戦が、NECやNTTの研究所をはじめ、世界中で繰り広げられています。しかしながら、従来の研究では超伝導転移温度が約1ケルビンのアルミニウム超伝導体が利用されており、数十ミリケルビンという極低温環境でしか実験が行えない状況が続いてきました。

我々の研究室では、超伝導転移温度や臨界電流密度が従来超伝導体の値より一桁から二桁近く大きい高温超伝導体の固有ジョセフソン接合に着目し、より高温で動作するジョセフソン量子ビットの実現を目指しています。この研究は、科学技術振興機構のさきがけ研究プロジェクト (「量子と情報」領域 研究代表者 北野晴久 2003年度−2006年度)に採択されたの契機に始めた研究ですが、研究拠点を青山学院大学に移した後も、研究を続けており、最近、大きな研究成果が得られつつあります(詳細は以下を参照してください)。

  1. この研究テーマに関する研究成果(論文リスト)
  2. この研究テーマに関する研究成果(学会発表など)

戻る