Complexed phase switching dynamics in IJJs

研究開始のきっかけ

本研究室を主宰する北野晴久は、1990年代の院生時代、銅酸化物超伝導体の超伝導状態におけるCuO2面間のマイクロ波応答を研究し、2000年代以降、マイクロ波ブロードバンド測定法による銅酸化物超伝導体薄膜の超伝導揺らぎを精力的に研究する傍ら、マイクロ波応答の測定技術を量子力学分野に直接応用できる道を模索していました。 ある時、固有ジョセフソン接合(IJJ)系のジョセフソンプラズマ周波数が、従来超伝導体の人工的ジョセフソン接合に比べ、1桁以上大きいこと、 およびリュドベルグ原子系の量子状態制御実験にマイクロ波超伝導空洞共振器が利用されていること、 の2つから新たな研究を着想し、より高温で動作可能なジョセフソン量子ビットとしてIJJ系が有望なこと、 および空洞共振器とIJJ系量子ビットを組み合わせる量子状態制御の実験計画を提案し、 科学技術振興機構のさきがけ研究プロジェクト ( 「量子と情報」領域 研究代表者 北野晴久 2003年度−2006年度)に採択され、現在の研究を開始しました。
 2007年に青山学院大学に着任後、FIB加工技術を駆使したBi2212固有ジョセフソン接合素子の作製と IJJ系に特徴的な多重ブランチ構造における電圧状態へのスイッチング電流の確率密度分布測定を通じ、 その複雑な位相ダイナミクスの解明に取り組んでいます。

Bi系IJJ素子研究の背景

2005年にIJJ系のMQT(巨視的量子トンネル)現象が報告されるとすぐ、IJJ素子のすべての接合がゼロ電圧状態にある場合のMQTだけではなく、ある接合だけ電圧状態になった場合のMQTに関するスイッチング電流分布測定が行われました。スイッチング電流は、一定勾配で増加するバイアス電流をジョセフソン接合に印加し、電圧状態にスイッチする直前の電流値として測定されます。 洗濯板中の仮想粒子のモデルで言うと、バイアス電流の増加と共に洗濯板の傾きが増し、くぼみ内の粒子が熱揺らぎの助けを借りて飛び出すときの 板の傾きがスイッチング電流に相当します。仮想粒子のくぼみからの脱出は確率的に起こるため、 このような測定を数千回〜1万回ほど繰り返すことにより、スイッチング電流の確率分布が測定されます。 これを熱活性的脱出機構に基づく単一接合モデルで解析すると、仮想粒子の脱出に必要な実効温度Teffが求められ、 Teffの実温度(熱浴の温度)依存性からMQT状態の発現を調べることができます。
 驚いたことに、ゼロ電圧状態から第一電圧状態への電圧スイッチ(第1スイッチ)のスイッチング電流分布に比べて、 第一電圧状態から第二電圧状態への電圧スイッチ(第2スイッチ)のスイッチング電流分布の方が、MQT状態へ移行する交差温度が 数倍高くなる挙動が観測されたのです。単一のジョセフソン接合に対する従来のMQT理論に基づいて考えると、 第1スイッチと第2スイッチでこのような違いが生まれることはまったく説明できません。 発見当初は、電圧状態で発生するジュール熱によりIJJ素子が局所的に温められている影響と解釈されましたが、ジュール熱の排熱環境が 全く異なる2種類の素子構造に対しても同様な振舞いが観測されたことから、IJJ系に本質的な特異現象と考えられています。