講演者: 佐藤 琢哉氏 (東大先端研 宮野研究室) 日時:  6月18日(金) 午後4時30分から 場所: 青山学院大学 理工学部(相模原キャンパス)L棟6階 L603室 題目:「非線形光学を用いたスピンダイナミクス」 要旨: 物質中のスピンはどこまで速く動けるのか?どういった超高速運動をするのか? といった疑問は、基礎応用の両面から興味をもたれている。トランジスタなどの ようなデバイスにスピンを積極的に用いようとするスピントロニクスが近年盛ん になってきている。これまでのエレクトロニクスよりも数桁の高速動作が望まれ る、「超高速」スピントロニクスの研究はまだ緒についたばかりである。ナノ (10^-9)秒以上のスピンダイナミクスは従来、電子スピン共鳴等を用いて研究さ れてきた。一方ピ〜フェムト(10^-12-10^-15)秒の超高速のダイナミクスには2つ の超短パルス光によるポンプ&プローブ法を用いて実時間軸で測定することが可 能になってきた。ポン光により瞬間的に励起された電子状態を、少し遅れてやっ てきたプローブ光により検出する。その時間遅れを少しずつ変えることにより、 連続した時間でのダイナミクスを調べることができるのである。 ファラデー効果やカー効果といった線形磁気光学効果は強磁性体において有効で あり、1996年に強磁性体Niのスピンは1ピコ秒程度の速さで動くことが示された。 このような時間スケールでは「電子系」「スピン系」「格子系」が非平衡状態に あり、それぞれ独立の「温度」を持てることも明らかとなった。光磁気ディスク でのデータ書き込みは、光により強磁性体を温めることで磁化反転を起こさせて いるのであるが、この実験は「格子系」を温めることなく、「スピン系」のみを 超高速に温めることが可能であることを示している。 一方反強磁性体は、銅酸化物高温超伝導や巨大磁気抵抗効果、交換バイアスのか かった磁気的ヘテロ構造などによって近年、重要性が高まってきている。そのダ イナミクスにおいて、反強磁性体のスピンは強磁性体よりもさらに速い運動が理 論的に予想されている。しかし反強磁性体はマクロな磁化を持たないために、コ ットン-ムートン効果(フォークト効果)を除いて線形磁気光学効果は有効ではな い。そのため、純粋な反強磁性体のスピンダイナミクスはいまだ報告されていな い。我々は非線形光学、とくに第二高調波発生(SHG)を用いて反強磁性体NiOのス ピンダイナミクスを初めて観測した。非線形光学は一般に系の対称性に敏感であ るが、ここでは反強磁性秩序の出現により対称性が崩れることにより第二高調波 が発生することを利用したものである。NiOのスピンダイナミクスでは、いくつ かの興味深い点を観測した。SHG信号は周期約18psの振動を示した。これは異方 性エネルギーにより分裂した2つの準位に電子が励起されたことによる量子ビー トであり、物理的にはスピン歳差運動であると解釈された。この振動は、時間差 を持った2つのポンプ光によりコヒーレントに制御できることがわかり、超高速 スピントロニクスに貢献できるであろう。さらにこのような振動はポンプ光強度 に閾値を持ち、ある種の協同現象を示唆する。我々はこれを一種の「光誘起磁気 相転移」であると考えている。 反強磁性体には様々な種類があり、他の遷移金属酸化物の反強磁性体のスピンダ イナミクスはNiOとはまた異なったものであろう。それらの研究はまだ始まった ばかりである。 以上はドイツ・マックスボルン研究所のFiebig博士、Duong博士との共同研究で ある。 --------------------------------- 共催: 青山学院大学 21世紀COEプログラム