アモントンの法則

 摩擦は最も身近な物理現象の一つです。私たちが歩くことができるのも、靴の底と道の間に摩擦があるからです。また摩擦は様々な舞台で現れる多様な現象です。地震も摩擦現象の一つです。現代では原子スケールの摩擦も活発に研究されています。

積み木
図1、床の上の積み木に外力を加えて動かそうとすると、その運動を妨げる摩擦力が働く。


 上の図にあるように床の上においた積み木に外力を加えて動かそうとすると、外力による運動を妨げようとする力が働きます。これが摩擦力です。外力が最大静摩擦力より小さければ積み木は動きません。最大静摩擦力以上の外力を加えると積み木は動き出しますが、動いているときも動摩擦力が働きます。

 この摩擦現象はピラミッドの古代から人類によって多くの研究がなされてきました。それらの研究によって得られた最も有名な法則が次のアモントンの法則です。

  1. 摩擦力は見かけの接触面積に依存しない。
  2. 摩擦力は荷重に比例する。

DaVinchi
図2、Da Vinchiによる摩擦の実験のスケッチ


 i は板の上においた積み木を動かそうとするとき働く摩擦力は、上の図にあるように、積み木の広い面を下にしておいても、狭い面を下にしておいても変わらない、ということをいっています。iiはその摩擦力は積み木の重さに比例する、ということです。

 この法則は今日では上に書いたようにアモントンの法則と呼ばれていますが、最初に発見したのはあのモナリザの微笑みの作者であるレオナルド・ダ・ヴィンチでした。図2もダ・ヴィンチ自身によるスケッチです。彼の偉大な発見も、一度歴史の中に埋もれてしまい、彼の発見から約200年後、産業革命の時代になってアモントンによって再発見されたのです。この法則は広い範囲で成り立つことが知られており、今日では高校の物理の教科書にも必ず登場します。

アモントンの法則の破れ

 上記のようにアモントンの法則は広い範囲で成り立ちます。しかし、この法則が成り立たない場合があることもよく知られていました。例えば、板と積み木の間に油などをさすと、もうこの法則は成り立たなくなり摩擦はきわめて小さくなります。このような、滑り面に油などの液体を入れて摩擦を低減することを潤滑といい、これも私たちの身近で広く利用されている技術です。

 では、油などの潤滑する物体が間にない、固体間の滑り摩擦についてはアモントンの法則はいつでも成り立つのでしょうか?この場合も、個別には成り立たない場合があることが知られていました。しかし、最近、我々(大槻道夫と松川宏)は普通の弾性体において、アモントンの法則が系統的に成り立たないことを発見したのです。

モデル

 弾性体というのは力を加えると変形する固体です。現実の固体は全て弾性体の性質を持っています。我々は図3のような基盤の上におかれた弾性体のブロックを棒で後ろから力FTで押して、そのときのブロックの運動とブロックにかかる摩擦力を計算しました。ブロックが止まっているときにはブロックを後ろから押す力FTは摩擦力と釣り合っているので、以降、FTを摩擦力と呼ぶことにします。ブロックには上から一様な荷重FNがかかっています。

block
図3、基盤の上の弾性体のブロックを棒で後ろから力FTで押す。ブロックには上から一様な荷重FNがかかっている。


摩擦係数が荷重とブロックの大きさの増加とともに減少する!!

 摩擦力を荷重で割った量を摩擦係数と呼びます。最大静摩擦力を荷重で割った量を静摩擦係数、動摩擦力を荷重で割った量が動摩擦係数です。アモントンの法則が成り立てば、摩擦力は荷重に比例するので、摩擦係数は一定となります。また、ブロックの大きさにも依存しなくなります。

mui
図4、静摩擦係数の荷重依存性。(a) はモデル弾性体、(b)はPMMAという弾性体に対する結果。


 図4は、我々が2種類の弾性体について求めた静摩擦係数の荷重依存性です。図のシンボルはシミュレーションによって得られた結果です。見やすいように太い線でシンボルを結んでいます。左右それぞれの図の中に3種類のシンボルがありますが、それぞれのシンボルと線は異なった長さのブロックに対する結果です。 正確には横軸はブロックに上から加えた圧力ですが、それぞれの長さのブロックに対しては圧力を加えている上面の面積は一定で荷重は圧力に比例するので、横軸を荷重と見なすことができます。この図から明らかなように、摩擦係数は荷重にもブロックの長さにも依存し、荷重が大きくなるほど、またブロックが長くなるほど、小さくなります。これは明らかにアモントンの法則が破れていることを示しています。図4のシンボルは有限要素法という方法による計算機シミュレーションによって得られた結果です。しかし、現象の本質をとらえた単純化されたモデルを使うことにより、実は計算機を使わなくても摩擦係数を手で計算して求めることができます。その結果が図中で細い線で示してあります。シミュレーションの傾向をよく再現していることがわかります。

最大静摩擦力より小さな外場でもブロックは局所的には滑っている!!

 なぜ荷重とブロックの大きさの増加とともに摩擦係数が減少するのでしょうか? その謎を解く鍵は図5,6,7にあります。図5は摩擦力FTを荷重FNで割った量、FT/FNを縦軸に、ブロックの後ろから棒を押し込んだ長さUを横軸にプロットしたものです。


mui
図5、 摩擦力/荷重、FT/FN。横軸はブロックの後ろから棒を押し込んだ長さU。棒は一定の速度で押し込まれているので、横軸は時間と見なすこともできる。


 FT/FNが摩擦係数に対応することはおわかりでしょう。今、ブロックを押す棒は一定のゆっくりした速度で動いているので、Uは時間と見なすこともできます。ブロックが動かないとFT/FNは時間とともに一定の割合で増加していきます。そして、これが最大静摩擦係数に達したところでブロック全体が急激に滑り、それによりFT/FNも急激に大きく減少します。急激な滑りの後、ブロックは止まります。その後、FT/FNは再び一定の割合で増加し、これが最大静摩擦係数に達したところでブロック全体が滑る、という運動を繰り返します。このようにブロックが基盤に固着(スティック)し静止している状態と、滑っている(スリップ)状態を繰り返す運動をスティックー スリップ 運動と呼びます。地震もこのようなスティックー スリップ 運動の一種です。

 さて、図5の中の挿入図は赤枠で囲った急激で大きな減少を起こす部分を拡大したものです。よく見ますと、FT/FNが最大静摩擦係数に達して急激に減少する前に小さな減少が何度も起こっていることがわかります。これはブロックを後ろから押す力が最大静摩擦力に達する前でも、小さな局所的な滑りが起こっていることを示しています。図6に、ブロックが基盤と接する底面で局所的な滑りが起こっている領域を赤で示します。縦軸はブロックの底面の位置で、x=0がブロックの後端、x=1が前端に対応します。 横軸は時間と見なすこともできるUです。


mui
図6、 ブロックの底面で局所的に滑っている領域。 縦軸はブロックの位置であり、x=0がブロックの後端、x=1が前端。横軸は棒を押し込んだ長さU。赤で示してある領域は滑っている。


 最初の大きな滑りの後では、ブロックはほとんど同じスティックースリップ運動を繰り返します。この2回目以降の周期的なスティックースリップ運動に注目することにします。赤い領域がブロックの前端x=1のところまで進んだとき、ブロック全体が急激な滑りを起こします。しかし、図を見ますとそのずっと前から局所的な滑りがブロックを押している後端x=0から始まり徐々に前に進んで行っていることがわかります。そして、そのゆっくりした局所的な滑りの前端がある長さ(図中の細い横線で示す)に達すると、速い運動に変わりあっという間にブロックの前端に達して、ブロック全体が大きな滑りを起こします。その長さをゆっくり滑りの臨界長と呼ぶことにします。臨界とはぎりぎりというような意味です。

 図6の青い枠で囲んだ領域の局所的な滑りの速さをカラーで示したのが図7です。 青に近いほど高速で、赤に近いほど低速で滑っています。


mui
図7、 局所的な滑りの速さをカラーで示す。 青に近いほど高速で、赤に近いほど低速で滑っている。 縦軸はブロックの位置であり、x=0がブロックの後端、x=1が前端。横軸は棒を押し込んだ長さU


 このようなプロットでは、ブロックの後端から出発したゆっくりした滑りは、その滑りの速度が非常に小さいので見えません。そこでその滑りの前端を細い黒い線で示しています。その黒い線がある程度進んだところから、黄色で示される領域が起こり出すことがわかります。この黄色い領域はブロックの前端には達せず、ブロックの途中で止まってしまいます。これはブロックの後端から進み途中で止まる素早い滑りを表しています。この素早い滑りは何度も起こりますが、だんだんとその到達距離が伸びていきます。さらにUが増加すると青い色で示される領域がブロック全体に現れます。これはブロック全体の急激な滑りを表しています。これが図5のFT/FNの大きな減少を引き起こします。この青い色で示されるブロック全体の滑りが地震の本震にあたるとすれば、本震の前の地震、すなわち前震に対応するのが、黄色い領域で示された途中で止まる素早い滑りです。この前震が図5の挿入図でみられるFT/FNの小さな減少を引き起こします。また、黒線でその前端を示したゆっくりした滑りに対応した運動も地震でも見えています(ゆっくり地震と呼ばれています)。このような前震と本震に対応した滑りは弾性体の摩擦の実験でも観測されています。

なぜ摩擦係数が荷重とブロックの大きさの増加とともに減少するのか?

 ブロック全体の急激な滑りが起こった直後は、ブロック底面の各場所で基盤との間に働く摩擦力が小さくなっています。そのあと、ゆっくりした滑りがブロックの後ろから前に進んでいきますが、そのゆっくり滑りが起こる場所では基盤とブロックの間の局所的な摩擦力は、滑りを起こさせるために一度その場所の最大静摩擦力に達し、その後も最大静摩擦力に近い大きな値をとります。ブロック全体の最大静摩擦力はブロック全体が滑り出す直前の、ゆっくり滑りが臨界長(図5の細い横線)に達したときの基盤とブロックの間の摩擦力で決まります。そのため、臨界長が短いほど最大静摩擦力が小さくなることになります。この臨界長は荷重が大きいほど短くなります。このため、ブロック全体の最大静摩擦力および静摩擦係数は荷重が大きいほど、ブロックが長いほど小さくなることになります。ブロック全体の最大静摩擦力と、ブロック底面の各場所での最大静摩擦力は違うのです。

 最後に荷重が大きいほどゆっくり滑りの臨界長が短くなる理由を考えてみましょう。我々のモデルはブロックと基盤が接している各場所で、摩擦力は荷重に比例するというアモントンの法則が成り立つとしています。また、摩擦力は動き出すと小さくなるという速度依存性を持ちます。 これらはもっともらしい仮定です。 摩擦力が速度とともに小さくなる、ということは系が不安定性を持っているということになります。なぜなら、揺らぎによってブロックの一部が動き出せば摩擦力が小さくなって、さらに速く動くようになるからです。荷重が大きくなるほど摩擦力は増加し、その効果も顕著になります。従って、摩擦力が速度の増加によって減少するために生じる不安定性も顕著になります。このため、ゆっくり滑りが不安定化する臨界長は荷重が大きいほど短くなることになります。そして、荷重が大きいほど静摩擦係数も小さくなることになります。このようにブロック底面と基盤の各場所では摩擦力は荷重に比例するというアモントンの法則が成り立っていても、ブロック全体としてはアモントンの法則は破れることになります。

まとめ

 ここで得られた摩擦係数が荷重とともに、または系の滑り方向の長さとともに小さくなるという結果はきわめて一般的に成り立つと考えられます。荷重や系の大きさが十分小さかったりまたは逆に大きかったりすると、臨界長が系の大きさと同じ程度または十分小さくなり、そこでは近似的に摩擦係数は荷重にも系の大きさにも依存せず、アモントンほ法則が近似的に成り立つようになるでしょう。しかし、一般的には摩擦係数は荷重や系の大きさに依存するのです。

 摩擦は運動を妨げるので小さい方が好ましいと考えられがちです。 しかし自動車のタイヤと道路の間では、摩擦は大きい方が効率的に駆動力が働き自動車の燃費が向上します。このような例はたくさんあります。摩擦力の大きさを状況に応じて制御することが省エネルギーなどのためには重要です。ここで得られた結果は、荷重や接触面の形状を変えることによる新たな摩擦制御の技術をもたらすと期待されます。

参考文献

  1. Michio Otsuki & Hiroshi Matsukawa: "Systematic Breakdown of Amontons' Law of Friction for an Elastic Object Locally Obeying Amontons' Law", Scientific Reports 3 1586, 2013.
  2. ”摩擦界面での局所前駆すべりとアモントン則の破れ”、大槻道夫、松川宏、トライボロジスト Vol.58 No.2 p.57 (2013).
  3. ”摩擦の物理”、岩波講座 物理の世界、松川宏、岩波書店 (2012).

Designed by CSS.Design Sample