自然科学は多数決ではない  〜ガンマ線バーストの研究の歴史〜 

 ガンマ線バーストと呼ばれる、日々宇宙のどこかで起こっている天体現象があります。 ガンマ線バーストの正体は、現在でも宇宙物理学の大きな謎となっており、 その解明を目指して世界中で活発な研究がおこなわれています。 ガンマ線バーストとは、文字通り、ガンマ線が1分間ほど観測される天体現象です。 1日に1回、宇宙のどこかでガンマ線バーストはおこっています。

 ガンマ線バーストが発見されたのは1960年代後半のことでした。発見は意外なところからなされました。1962年にキューバ危機がおこり、アメリカとソ連は核戦争の起こる寸前まで激しく対立しました。 この反省から米ソ両国は歩み寄り、1963年に部分的核実験禁止条約(PTBT)が結ばれました。この直後、アメリカは極秘のうちにVelaという軍事衛星を打ち上げ、ソ連が地上核実験を行うかどうか監視していました。Vela衛星は、核反応が起こる際に生じるガンマ線を検出できる能力をもっていました。打ち上げ間もなくVela衛星は、地球以外の方向からやってくるガンマ線を検出したのです。これがガンマ線バーストの発見でした。 自然科学ではこのような思わぬ発見というのがよくあるのです。

 ガンマ線バーストの研究は発見後30年間、決定的な進展はありませんでした。 ガンマ線バーストは地球からどのくらい離れたところで起こる天体現象なのかさえわからなかったのです。見かけの明るさが同じでも、地球から遠いところにある明るい天体現象なのか、それとも近いところにある暗いものなのか区別がつかなかったのです。ガンマ線バーストの距離は近いか遠いかというのは天文物理学者の間で論争となっていました。 大きく分けて、ガンマ線バーストは
 (1) 天の川銀河内(地球から10万光年)で起こっている。
 (2) 宇宙の果て(地球から数10億〜100億光年)で起こっている。
という2つの説がありました。どちらが正しいのか、2人の著名な学者が公開論争をするという目的のためだけに国際会議が開かれたくらいです。その会議では、前者を支持するアメリカのラム教授の論理に説得力があったようで、天の川銀河説を支持する学者が圧倒的多数派となりました。後者の主張を最初から最後まで信念をもって貫いていたのは、アメリカのパチンスキー教授ただ一人くらいだったようです。 ところが、1997年5月8日に検出されたガンマ線バーストが自体を一変させました。詳しい解析の結果、なんと地球から71億光年もの彼方で起こった大爆発だということがわかったのです。つまり少数派が勝利したわけです。 自然科学は多数決ではないということが分かるでしょう。

 このような研究の流れを知っているガンマ線バーストの研究者は、 どんな意見にも 〜 それがどんなに若くて経験のない研究者の意見であっても 〜 耳を傾け、 その是非を検討します。多数決や年功序列なんかとんでもない。自然の前に人は平等、というわけです。

 その後、距離の論争に敗れたラム教授はどうしたかというと、 パチンスキー教授の主張した宇宙の果て説に基づいて重要な論文を何本も発表しました。愛着のある自分の説の間違いを素直に認め、さっと身を翻して、正しかった相手の説のもとで重要な論文を書く勇気、みなさんもっていますか? 我々の業界では当たり前のことなんです。

 その後の研究の進展により、現在では、ガンマ線バーストはブラックホール誕生の瞬間に起こる宇宙一の爆発現象なのではないかと考えられています。ですが、まだその決定的な証拠は得られていません。この通説もいつかひっくり返るときがきてしまうのでしょうか???



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