講演者: 有馬孝尚(筑波大学物質工学系、ERATO-JST) 日時: 10月 24日(金) 午後4時30分から 場所: 青山学院大学 理工学部(相模原キャンパス)L棟6階 L603室 題目: 「極性磁性体の特異な性質:表と裏の色の違い」 要旨: 極性磁性体は、自発分極によって空間反転対称性が破れると同時に 自発磁化によって時間反転対称性も破れている。このような物質は 一次の電気磁気効果(外部電場による磁化の変化や外部磁場による 分極の変化)を示すことが以前から知られている。ここで、電気磁 気効果において印加する外場を正弦波としてその周波数を光やX線 の領域に拡張することで、新しい磁気光学を示すことも予測されて いた。その一つに、「方向二色性」がある。すなわち、極性磁性体 においては電磁波を入射する向きを反転するだけで吸収係数が変化 することがありうる。誇張して述べると、ある方向から見たときと 裏側から見たときとで色が違うという状況である。 講演では、GaFeO3という典型的な電気磁気効果を示す物質を例に とって、X線領域および通常の光の領域で方向二色性を測定した結果 について述べる。この物質は斜方晶で自発分極(b軸方向)を持って いる。さらに、低温ではフェリ磁性を示し、c軸方向に自発磁化が出 現する。この物質にa軸に平行に電磁波を入射させた場合について方 向二色性を観測することに成功した。測定方法の詳細は講演中で述 べる。 この方向二色性はマクロスコピックには物質が自発分極と自発磁化を 同時に有することで説明される。すなわち、エネルギー関数を外部磁 場Hと外部電場Eの関数として展開した場合に、時間反転や空間反転の 対称要素を持たないことから、EHの一次の項がゼロにならずに残ると 考えればよい。電磁波においてHはk×Eに比例するから、分極率がk依 存性を持つという結論が導かれるのである。 一方で、ミクロスコピックな立場でこの現象を捉えることも重要であ る。この物質中における磁性イオンは高スピン状態のFe3+である。 Fe3+イオンは6つの酸素に配位された歪んだ八面体サイトにある。こ こで、ある励起状態への電気双極子遷移と別の励起状態への電気四重 極遷移を考える。この2つの励起状態が鉄イオンのスピンモーメント によって発生したスピン軌道相互作用によって干渉することによって、 振動子強度(光吸収の強度)の移動が起こるのである。鉄イオンが反 転対称心にあれば、電気双極子遷移と電気四重極遷移による励起状態 のパリティの違いからスピン軌道相互作用による干渉が起きないが、 本系は電気分極をもつ物質であるから、どこにも反転対称心がない。 したがって、すべてのサイトで電気双極子遷移と電気四重極遷移のス ピン軌道相互作用を通じての干渉が可能となり、その和が方向二色性 として観測されていると考えられる。 具体的にX線吸収の場合は、Feイオンの1s-3d遷移の共鳴吸収領域で方 向二色性が観測された。方向二色性分光の結果は単純なFeO6クラスター 模型の範囲内で半定量的に説明することができる。また、可視光から 近赤外光にかけての測定では、Feの原子内3d-3d遷移で方向二色性が観 測された。これもクラスター模型の範囲内で説明が可能だと思われる が、対象性が低いことから完全に遷移の帰属を明らかにすることには 今のところ成功していない。 この微視的な考察より明らかなとおり、方向二色性は物質全体の磁化 ではなく反転対称からずれたサイトの磁気モーメントを検出している ことになる。将来的には磁気的なナノ構造体における界面磁性の検出 などへの応用の可能性を秘めている。 以上、講演で述べる内容は、主に科学技術振興事業団の「ERATOスピン 超構造プロジェクト」での成果が中心となっている。また、X線分光実 験は、高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設BL-1Aで行われたも のである。 --------------------------------- 共催: 青山学院大学 21世紀COEプログラム